2020/07/30

2020年に思うこと

Covid19で世界がやばい。
他の県に出かけたり、マスクを忘れて出かけたり、そんなとき周りを恐ろしく感じる。
この雰囲気はすごく嫌い。
そんな誰もが思ってることを書いても仕方ないので。

ついにほとんどコードを書かない仕事になってしまった。という話。
今のところ実績として3ヶ月くらいはほとんどコードを書いていない。少しは書いてるので全くとは表現しないが、それも「こんなアプリがあったら便利だから隙間時間で作ってみて」という程度のタスクだ。あとはひたすら会議をして、自分の脳内にしかない構成図をパワポに書き出して説明資料を作って、それを説明するための会議をして、メールを書いて。また脳内で必死に構成を考えて。
これはいったい仕事をしていると言えるのかどうか。しかもテレワークのためチームメンバーとは顔を合わさない。なんとなく日々タスク名を書いて、やってます的な雰囲気をだして、たまに説明資料を見せると「ほー」っと関心されるのでサボってるとは思われてないだろうが、本心はどうなのか?
こんなことで給料もらって良いんだろうか、という考えが浮かんでしまう。これは本人が判断することではないので堂々と過ごして給料を貰えば良いんだ、と思う。思え。
作業場の周りにある「ふわふわ」した事象をひたすら言語化し、交通整理、ルール作りしてシンプルに作業ができるようにする。そしてあっちに依頼してこっちに依頼して。
お前はソースコードを書きまくるだけのエンジニアではなかったの?
よく周囲を見回すと皆さん、そういう仕事をやりつつ、コードを書く作業もかなりの量こなしているように感じる。まぁ社歴の違いや慣れなどもあるのかなとは思うが。
振り返ると私もかなりの経験を積んだ社会人だなと、我ながら思う。
なのでその経験、最悪の汚泥の中を這い回ったような経験が「あの中をくぐり抜けてきたんだから間違いなく私は強い」という自信になり、言動につながるさ。

何かを新しく学んでいるかというとあまり学べていない、ように感じる。実際何か活動をしていれば何も吸収しないなんてことは無いだろう。
でももうちょっと集中して作業をして、やり遂げた実感を持ちたいという気がする。
テレワークでだらけているように思うし、毎日仕事時間が終わるともっといろいろできなかったかと焦る気持ちがある。生来の怠け者気質と、人の目さえあれば、期待されれば真面目に努力してしまう気質の戦い。

このところずっと、書いては下書き保存してるので、さっさと出していこう。

2020/02/05

CB400SBからGixxerに乗り換えたので、バイクについて

CB400を売った話

迷った末に買ったCB400スーパーボルドールはだいぶ前に売ってしまった。
買った金額と売れた金額の差額で考えると、そこそこ良い率で回ってると思う(適当)。
売る前にスズキのジクサーを追加購入していたので、バイク自体を降りたわけではない 。というか一時期は2台持ちで遊んでいたくらいだ。

2台持っていて、だんだんCB400って重いし、それでいて加速、停止がジクサーと比べて優れているかどうかなんていまいち分からないし、ジクサーばかり乗るようになった。
さすがに「ジクサーと違う」というのは分かるが、ジクサーは軽いので軽い力でコロコロコロっと加速する。比べてCB400は力強い上に4気筒なので連続的に力がかかり、グワーッと加速する。ただし重くて、いかにも重いものを頑張って加速させている、という感じ。
一番違うのは直進での安定性で、CB400の方が抜群に良いと思う。CB400に乗り慣れてからジクサーに乗るとどんなにスピードを上げてもふらふらしてしまう感覚がある。これは軽いし、ホイールベースが短いから仕方ないんだと思う。なので車の少ない道を長距離ボーッと移動するならCB400の方が絶対気持ちいいんだけど、それもジクサーに乗り慣れるとまぁこんなもんかなと妥協できてしまうので、ほぼ全ての点でジクサーが良いや、となった。

一度だけCB400のABSに助けられたことがあるので、持っているジクサーにはABSが無いのが少し不安である。
これから買う人はABS付きの新型ジクサーが良いと思う。

他には、CB400の重量に疲れてしまったというのがあるかもしれない。やはり自分の腕、足で支えなければならないバイクにとって最も重要なパラメータは重量ではないだろうか(ある程度身長があるのでシート高はそれほど気にならない)。思いがけず傾いてしまった時、わずかな下り坂に停車してしまったとき、自力で立て直せたり、引っ張り上げられる重量、というのは大事だと思う。

ジクサーの良いところ

ジクサーはスペック的に面白いバイクでは無いかもしれないが、僕が考えている魅力は、これ以上削り落とす部分が無い、ミニマルな数値ということだ。
まずは2輪であること、1輪車にエンジン付けて乗りこなすのは流石に無理なので、2輪が最小だ。
単気筒、シリンダーが1つあればエンジンはグルグル回り続けることができる、もちろん最小の気筒数だ。
2バルブ、吸気と排気で1つずつ、2バルブあれば十分だ。
空冷であること、水冷や油冷なんて複雑な機構は省けるなら省いてしまった方が良いに決まっている。
5ギア、最高でも100キロかそれより少し、という速度域ならギアは少ない方が楽で良いが、4ギアでは流石に不安なので5くらいあると安心できる。
154cc、高速道路を含めて日本の全ての道(2輪車が走行できる道)を走行できるエンジンの中では最小クラスの排気量だ(130ccのバイクがあるのかは知らないが、154ccくらいはある方が安心できる)。
その他、当然ながらシングルディスクブレーキであること(CB400はフロントがダブルディスクブレーキだが常々1個で良いんじゃいいかなと思っていた)など、これ以上少なくすると不便になったり、乗り物として成立しないような最小の構成が選ばれている。
(ただしフレームの剛性やサスペンションはややオーバーなものがついているらしい)

そして134kgという軽量さ。
それぞれが最小の数値なので、冗長性がなく、壊れやすいかもしれないとは感じるが、とにかくこの最小構成な感じは気に入っている。

2020/01/31

転職回数が少なすぎる

先日あるオンラインコミュニティを覗き見る機会があり、内容を見てみたのだが、
そこでは基本的に会社員で、1社につき1人ずつ参加しているようなコミュニティで、参加者がザッと3〜500人であった。
多少ずれはあるとしても、1社につき1人ずつ参加が原則で、それぞれの人が「当社はこんな良い会社で、社員に対してはこんな良い施策があるんだよ」とプレゼンしていたし、実際その内容や会社HPをみてもまぁ良い会社に思えた。

そこまでは普通の話だが、ちょっと雰囲気が違うのが、数百人それぞれが「当社はこんな良い会社だよ」と言うし、「やぁオタクのとこも良い施策やっていますね」なんて言い合っていて。じゃぁ求職者から見て、全部の会社を比較したり内容を見たりして決めれるだろうか?と思ってしまった。調べるだけなら、かなり難しいが必死で調べれば不可能では無いだろう。

しかし、自分が実際に働いてみてどう感じるのか、なんて自分が実際にその会社で働いてみるまでは分からない だろう。
就職って1度に1社しか出来ないし、転職を6回、7回もしていればジョブホッパーで、ひどい経歴なんて言われてしまう風潮があるが、でも内部の人が自信を持って良い会社だとアピールするような会社が少なくとも300社はあるわけで。

なら人生の中で100社くらいで実際に働いてみても良いんじゃないかと思ってしまう。

迷う必要のないレベルの会社、トヨタとかみたいなところなら良いなんて思うかもしれないが、残念ながら自分にとって良いか悪いか、レベルがあってるかどうかなんて観点もあるし、結局どんなに良い会社でも、自分にとってどうかというのは働いてみるまで分からないだろう。

実際そのコミュニティの会社はほとんどがベンチャー企業なんだ。
そしてベンチャー界隈は良い会社もあれば、本当は悪い会社も両方沢山ある界隈だから。

だから、沢山転職して、、結局あの会社が一番合ってた、なんて場合は同じ会社に再就職したりなんかして、そういうことができる社会が良いんじゃ無いかと思ってみたり。
会社側、組織側から見ればきつい社会だろうけど、相対的に社員にとって悪い会社はどんどん淘汰されるし、そうすると悪いサービスや商品もどんどん無くなっていくわけで、良いことが起こるはず、と思える。

2019/11/06

ある程度の歳になるとマネージメントも必要だよって

漠然と思うことを。
こんなブログを書きながらもITエンジニアとしては結構な歴を持ってしまった者として偉そうに語ってもいいころかなと思う。


エンジニア業務で経験値が上がるのはエンジニアとしての作業能力だけだよ。
シリコンバレーではマネージメントはプレイヤーから脱落したエンジニアが仕方なく始めるものだという。エンジニアをアスリートのように扱うことを考えると、まさにその構図が当てはまりそうだ。
まぁここは日本なのでそれもまた別の話で。

マネージメントが下手な人がマネージャをやってるということがよくあると思う。僕は長くプレイヤーとしてマネージされる側だった。
そのまま結構な歴を持った今だから言うが、マネージが上手い人なんてほとんどいなかったよ。
もちろん僕が滅多に出会わなかったということだが、それはつまり相当なレアキャラだということだ。もしあなたが明日どこか新しい現場に出向するエンジニアだったとしたら、まず良いマネージャには会えないと思って良いだろうし、もし優れたマネージャだったら、メタルスライムにでも会ったと思うと良い。

プレイヤーから見てダメダメなマネージャは、残念なことに経営者からは良いマネージャに見えるかもしれない。プレイヤー達が多大な不満を抱え、人の出入りの激しい現場でありながら、プロジェクトを期限内に終わらせるような人だ。

プレイヤーから見て良いマネージャはもしかすると経営から見るとダメなマネージャかもしれない。プレイヤーが余裕たっぷりに定時で帰り、活き活きと働いており、もっと改善できると文句を言い、マネージャはそれを受け入れてさらにプレイヤーに良いように方策を変える。(だからマネージャを降ろされる)。
そういう人ならきっと、いわゆる「やりがい」も重視しているので、みんなの日々の作業がどこに向かっているのか、という上位の考えも共有してくれるだろう。
書き加えておくとそういう人のところで働いたこともあるよ。それは僕にとって大事な経験だが、同時に苦い経験でもある。その良いマネージャの元から結局は去ってしまったので。

労働者と経営者は労使交渉という戦いをする、利益が相容れない二者である。
その間のマネージャは残念ながら経営が選ぶので、経営に近い考えを持つ人がなるものだ。
さて、この構造のどこを直すべきなのか?(直したいと思うよね?)

諸説あるが、僕は人の定着率が良いということが良い会社のバロメータだと信じている。
そりゃステップアップのために辞めていく人は一定数いるだろうが、それ以上の率で辞めていく人が多い職場の話。そんな職場ではマネージメントが上手くなく、プレイヤーに不満が渦巻いてる職場に違いないが経営者もマネージャもそれで良いと思ってるらしい。
会社が利益をあげるために社員が不幸になる、そんな会社に居る意味は無いでしょ?

簡単な話、経営者が「人の定着率」を重視する考え方をするなら、解決するさ。

人の定着率を重視して、社員が幸せに働く代わりに会社のお金がどんどん出て行って倒産しちゃったら?
ナイストライ、良い経営者だ。問題無い。お礼を言って次の会社を探そう。
会社が利益をあげるために社員が不幸になり、それで存続し続けて採用活動もし続けて、
不幸な人を増やすような会社より100倍マシだ(ほんとはこっちに潰れて欲しいんだけどね)。

経営者が潤沢に利益を上げるビジネスを作り出せる運や技量を持っていること(社員が幸せに働いていて且つ利益が上がるような会社を作れること)。
その経営者が人の定着率を重視していて社員のことを考えているのが良い会社だろう。
良いマネージャを探したいなら、そういう職場にしか生きれない人種なんだと知っとこう(ね、レアキャラでしょ?)。
そしてそういう会社なら社員が幸せに働けるので「人の定着率」は良いはずと考えられる。(お金で惹きつけてるだけなのかどうかも大事だ)
だから利益をあげていて、定着率の良い会社を探してみよう。
そんな会社ならきっと良いマネージャに会えるさ。
良いマネージャになりたいなら、そういう会社で良いマネージャから教えを請うことだ。


最後に僕の場合、マネージかどうかは別として後から入ってくれたメンバーに教育する、という機会は多かったように思う。
基本的なスタンスは、教えられることは全部教えて、情熱も考え方もできる限り全部伝えて、あとは作業を割り振って様子を見る、というだけだと思っていた。
まぁ間違ってはいないんだが、育つのに時間はかかるな。
でも単に作業を割り振るだけの関係でなく、人と人の関係で、情熱を持って接するのが大事だと信じたい。

2019/10/27

評価制度って

漠然と、思うことをツラツラと.

エンジニアを評価するには計測が必要だと思う話。
GoogleをはじめとするシリコンバレーのIT企業ではエンジニアをアスリートのように扱うらしい。
まぁ思うことはそっちの話でなくスポーツで例えると、野球選手を評価するには打率だの防御率だの、エラー率やなんやかんや、数値化されている。
サッカー選手の場合はGPSをつけてピッチ内で走った総距離や速さを測ったり、パスを通した数やなんかを計測している。
その数値を元にマネージャや監督が組み合わせを考えたり、トレーニングメニューを決めたり、次年度の年棒額なんかを決めてるんだと思う。

で、スポーツチームで例えるとエンジニアはまさにプレーヤーなのだが、そういった数値の計測は出来てないですよね?という話。じゃぁ計測して数値化して評価すれば良いだけなのだがそれが様々な理由で難しいので、そういう場合どうするか。
まずは簡単な話、数値化しないで、「うんうん、まぁ出来てるよねー」的な、曖昧な評価面談で別に良いんじゃない?と思う。
そもそもエンジニアの評価は難しいってエンジニア自身でも言ってるので、客観的に見ても数値化が難しい分野なのは確かだろう。

そういう場合でも、2人とか3人分のコードレビューをやってればこの人は出来る人だなーとか大体分かるから。
それに評価した結果を給与で返すと言っても常識的な予算が決められてるので、すごい出来る人が1人いるからと言って1人だけ高額、あとは低額、みたいなことが出来る職場は(あまり)無いんじゃないかな?

スポーツに例えられるけど、
スポーツ選手のようにトップ選手は数億円、それ以外は数百万円、みたいな評価や報酬制度が不可能と分かったらどうするか。
下手に数値化して明確な評価をして、安い給与を提示してしまうより、気持ちに訴えかけてやり、気持ちよく作業をしてもらうことに専念すれば良いでしょう。
そして明らかに作業の早い人、チームの勘所になる人にはそれに加えて精一杯の給与でもって返していくのが現実的な手段でしょう。

そう、「評価制度をすごく考えて整備してます」と公言している職場で、給与が安いとしたら、「あ、評価されてないんだ(こんな頑張ってるのに・・)」って思われて優秀な人が辞めちゃう原因にしかならない。たとえ会社内で相対的に高給だったとしても社会の平均と比べられてしまう。
それより「あなたの評価はめっちゃ高いです。一緒に仕事してくれてありがとう!」て言って給与は会社の出せる精一杯にしておくのが良いんじゃないかな。
(経済界の方々、もっと無名の中小ITにもお金を回してください)