2021/10/08

CCCDにCDプレーヤーを壊された話

 ものすごく今更な話だが、CCCDにCDプレーヤーを壊された話。

しかも壊れたのはSony製のCDラジカセ、ZS-F1だ。

もちろんコピーしようとはしていなく、ただCDラジカセで再生しようとしただけである。


再生を始めると激しく音飛びしたので慌てて止めた。それ以降は他の普通のCDも再生できなくなったという話である。

もちろんそのCCCDを再生する前は普通に再生できていた。

この時系列から言ってCCCDを再生したらCDプレーヤーが壊れた、と表現するしかなかった。

ネットで調べたが、この現象で因果関係の立証は難しく、レコード会社の責任を問うこともできないだろうという。


衝撃的な出来事だったので当時の状況はよく覚えている。

ことの発端は友人がポルノグラフィティのCD(青リンゴの絵が描かれたCDだ)をレンタルショップで借りてきたところだ。

友人がそのCDを聞こうとしたらCCCDだったのでCDプレーヤーが壊れたんだ、などと相談してきた。

私はそんなバカなと思い、「そんなことがあるわけない、たまたまそのCDだけが再生できないだけなんでは?」と言ったのだが、CDプレーヤーが再起不能になっているという。

CDプレーヤーなんてそう簡単に壊れるものでもないと思うのだが友人はCCCDが原因で壊れたと主張している。

CCCDについてはSonyが提唱している規格でありCDをコピーできないように何か手を加えているのだという知識はあったが、何かやってるんだろうなというくらいにしか思ってなかった。

そもそもCDとCDプレーヤーの関係から考えて、そのCDが再生できないことはあってもプレーヤー側への影響があるとは論理的に信じられなかった。

友人は目の前で起きた事象を説明しているだけなので「CCCDを再生したらCDプレーヤーが壊れた」という主張を変えるつもりは毛頭無さそうだった。

私と友人で主張が平行線になり、「じゃあ僕んちのCDプレーヤーで聞いてみようよ、うちのCDプレーヤーはSony製だから大丈夫だと思うよ」と言った。


そして私の部屋に持ってきてもらい、冒頭の現象を目の当たりにしたのだ。不思議なことに友人も本当に壊れるとは思ってなかったらしく、僕以上に驚愕しているようだった。

まぁ本当に壊れることを確信していたら再生することを止めていたはずだが。

その後CCCDの仕組みなどを調べ、CDプレーヤーに負荷をかける、その結果寿命が縮む、端的に言うとCCCDを再生するとCDプレーヤーが壊れることがあるという事実を認めざるを得なかった。


今思い出してもあの時のいろんな感情が混ざった感じ、驚愕しながらも申し訳なさそうにしている友人を責めるわけにもいかないが、壊れてしまったCDプレーヤーをどうしよう、という呆然とした感覚。

SonyのZS-F1というのはちゃちなCDラジカセではなく、そこそこ高級なCDラジオだったので安易に捨てたり買い替えたりできるものでもなかった。

その混沌とした感情はSonyへの漠然とした不信感だけを残して10年以上たった今でも思い出深い出来事となっているのだ。

いろんなCDを持っていたがポルノグラフィティの青リンゴのCDは忘れられない1枚だ。2度と再生しないだろうけども。

2021/08/05

2021 夏休み

結果的にオリンピックを開催したのは間違いだったなと思う。まるで関連があるかのようなタイミングで感染者数が増えてしまった。重症になっても助かる病気なら良いのだが、おそらく亡くなってしまう人も増えているだろう。オリンピックを開催したから広まったのか、実は全く関係がないのか証明できない以上「オリンピックさえなければこんなことにならなかったのに」と思いながら亡くなった人もいるはずだし、その家族もいるはずだ。中止することも出来たそうだけど、そうしなかった。開催しても感染が増えなかったかもしれないからその選択自体は仕方ないと思う(増える可能性があるのは誰でも思ってただろうけど)。

だから結果として、そういう思いをする犠牲者を出してしまったので開催したのは間違いだったという事実があるだけ。

例えば何かのイベントや旅行で感染して犠牲になる人がいれば、そこにさえ行かなければ、、という選択のミスを後悔することは仕方ないと思う。生きることは選択と後悔の連続だからね。今回はたまたまそれが国家レベルの大きさで無関係な人を巻き込みながら起こってしまっただけだろう。そしてその責任は重すぎるので責任を認めないだろう。暗澹たる思いがする。

2020/10/19

最近見た映画

最近はHuluで見てる。覚え切れないくらいたくさん映画を見てるのだが、久々に映画の感想でも。

ゲスト

久々に映画の感想を書こうかと思ったきっかけになった映画。ずっと以前、確か大学生の頃に韓国の「箪笥」(タンス)というホラー映画を見た。その中で両刃剃刀で髭を剃るシーンが出てきて、それがカッコよかったものだから両刃剃刀を買ってみて、一時期はずいぶん使ったものだ(フェザーのこれ)。今も使っているが、切れ味が鋭すぎて危険に感じることがあるので今ある替刃が無くなったら使用を止めようと思っている。一時期はミューレの高級剃刀を買ってしまいそうになるくらいハマってた。でで、その箪笥という映画はアジアの片田舎の豪邸を舞台にした耽美系ホラーだと記憶している。ストーリーやホラーとしてはあまり面白くなく、リングなどが流行った時代ではあったがおそらく日本での評価はそんな高くなかったと記憶している。が、耽美的な雰囲気重視の映画として個人的に好きだった。今見ようと思ってもDVDレンタルにも無いし、Huluなどにも当然無いので、探すには苦労すると思う。そしてその箪笥という映画をハリウッド、ドリームワークスでリメイクしたのが「ゲスト」という映画だ。ホラー要素は少なく、ミステリー的な雰囲気なのでホラーが苦手でも見れると思う。箪笥という映画を覚えている人なら自然と結末の予想もついてしまうが、雰囲気重視の映画として楽しめるはず。原作の思い出補正もあり、またアジアの田舎の豪邸という雰囲気の方が耽美要素としてストーリーにマッチしていたのでどうせなら箪笥の方を是非探してみて欲しい気がする。これはゲストの感想と見せかけて箪笥の感想だな。

ウォールストリートウォール街

投資銀行関係の映画は好きなのでよく見る。1作目は古い映画なので今見てもあまり面白く無いかもしれない。タルタルステーキという危険な食べ物が出てきたのが印象的な映画。その1作目はだいぶ前に見ていた。そしてかなり時間が経っての最近2作目のウォールストリートを見た。どちらもストーリーはあまり覚えてないけど、ゲッコー氏は相変わらずだが少し柔らかくなっていた。そして1作目の主人公もチラッと出てきておぉっと思わせる演出が好き。今も多分Huluにあるが、投資銀行関係ではやはり実話を元にした次の映画の方が迫力がある。

マネートレーダー/銀行崩壊

ずーっと気になっていたが何処にも無くて見れてなかった映画。残念ながらHuluには無く、ツタヤのオンラインDVDレンタルのサービスでやっと見ることができた。これ系では唯一実話を元にした映画ではないだろうか。他の映画にもリーマンショックを思わせる事件が出て来たりするがただのストーリー要素でしかない。この映画は実際のベアリングス銀行の破綻を映画化したもので、映画としては評価が高くない。その辺が本当に他人の批評の当てにならないところで、個人的にはこれが実際に起こった話ということでストーリーだけは派手なフィクション系投資銀行映画よりずっと面白く見れた。まあ投資銀行系に関しては映画としてというよりドキュメンタリー的なものとして見ているので、映画として正しく評価できてないのは自分の方だろうけど、映画を見るなら他人の評価より自分はこう思った、というのを大事にしましょう。

映画として覚えてるのはこのくらいかも。その他、ドラマなど。

半沢直樹と空飛ぶタイヤ

半沢直樹が面白かったけど終わってしまったので同じ池井戸潤が原作なドラマで空飛ぶタイヤを見た。この原作者の苗字ってずっと「いとだ」だと勘違いしてたが「いけいど」って全然違う音の苗字だった(井戸田潤だと全然別人が出てきた)。で空飛ぶタイヤはwowowドラマだからか、よくできていて引き込まれた。半沢直樹が終わってちょっと寂しいと思ってるならHuluにあるので見てみると楽しめると思う。オーバーな演出とかはないけど基本は同じだから。このドラマから最近話題になっている池袋での自動車暴走事故からの一件も連想されるな。自分は少数派の考え方をすることが多いということもあって、その件に関しては世間とか大衆の正義感の方がよっぽど怖いんだけど。そういえばこの「空飛ぶタイヤ」という題は題名でかなり損をしてると思う。前からなんとなく知ってたけどあまり見ようと思わなかった。「リコール隠し」とか「ハブボルト破断事故」とかだったら、、まぁやっぱり見ようと思わないだろうな。白い巨塔風に「悪の大企業」とかだったら、そのままだけど「空飛ぶタイヤ」よりは良いかも。

LOST GOLD(山下財宝を探す外国人探検隊のドキュメンタリー)

Huluで視聴。これは面白い。フィリピンの山下財宝、すでに掘り尽くされてるような気もするけど、なんでも良いから何かを見つけて欲しい。宝探しのワクワクが気楽に見れるし応援したくなる。岩に刻まれた意味不明な印を見つけるたびに「重大な手がかりだ!」って騒いでて当事者は大変かもしれないけどw 一歩引いて気楽に見るのがいいだろう。

2020/10/08

Framesetタグについて

Framesetタグについて再び

Framesetを使ったページはもうやめましょうとずいぶん前に書いたが、改めてなぜなのか考える。

フレームセットを使ったページの良くない点を挙げると、ブックマークをしたと思っても違うページだったり、印刷しようとしたらメニューページだけ印刷されたりする。

またスマートフォンの場合、そもそも画面サイズの関係で常に2ペイン出ているフレームセットを使ったページは非常に見にくいので、やはりスマホ用の全く別のレイアウトのページを用意しないとならない。

あとはセキュリティ上の理由で、別のURLを1つのページで表示するということに起因する危険性だろうか。これは閲覧者が注意することで作成者にはあまり関係ないかもしれない。

改めて考えてみると、PCで見ることだけ考えると基本的にフレームセットを使ったページは作りやすいし見やすい。

メニューだけのシンプルなHTMLを1つと、それら1つ1つに対応するコンテンツのHTMLを作っていき、最後に繋げるという仕組みだ。繋げる際に正しいフレームに表示するように設定するなどの注意はあるが、メニューとそれをクリックすると開くコンテンツというのは分かりやすい。ページを追加する際も他のページと無関係に新しく1ファイル追加することができる。

これが無くなりつつある理由は、最初に書いた不便さがあること、それがツールのサポートで簡単に解決できるようになったからだろう。

ツールのサポートなしにフレームを使わずメニューとコンテンツを1ページに出すとしたら、全てのページにメニュー部分のHTMLとコンテンツ部分のHTMLを書くしかないだろう。メニューを一つ追加すると全ページのHTML修正となる。

なので基本はツールを使う。具体的にはWordpressなどのCMSを使って、予めスマホ版はメニューが隠れる、PCサイズでは左右に分割する、など切り替わるようなリッチな表示ができる”テーマ”というレイアウトを当てはめる。コンテンツ作成者はメニューの文言とコンテンツの内容を記述し、見た目はテーマに任せる、という作成方法が主流になったのだ。

そのツールが動いている仕組み、裏で動いている仕組みというのはJavaScriptやCSSが高度に絡み合ったもので、誰でもいじれるようなものではないし、作れるようなものではない。

まとめ

昔は誰でもHTMLを書いて、簡単なフレームセットを使って自分なりのページを作っていたのが、今はもっと誰でも、HTMLさえ書けない人でも、ツールを操作して日本語の文章を打ち込むだけで綺麗なテーマのページが公開できるようになった、という時代の変化だ。もちろんこのブログもそのようなものの1つだ。

しかしその簡単なツールでも使い方を習得するのって結構大変なんですけどね。

この記事はFrameSetの記事に送られたコメントに対する回答のつもりで、最近のやり方ではこういう風に実現できますという簡単な例を書こうと思って書き始め、結局簡単な解決策は無い、という結論に至ったという残念な記事です。

追記:iframeタグというのは代替手段で生き残っているらしい。これを使う手もあるが、デザインも含め結構な置き換え作業が必要になるのでは無いだろうか。そうまでするならやはりツールに頼って新しくモダンなサイトを作った方が良いように思う。

2020/07/30

2020年に思うこと

Covid19で世界がやばい。
他の県に出かけたり、マスクを忘れて出かけたり、そんなとき周りを恐ろしく感じる。
この雰囲気はすごく嫌い。
そんな誰もが思ってることを書いても仕方ないので。

ついにほとんどコードを書かない仕事になってしまった。という話。
今のところ実績として3ヶ月くらいはほとんどコードを書いていない。少しは書いてるので全くとは表現しないが、それも「こんなアプリがあったら便利だから隙間時間で作ってみて」という程度のタスクだ。あとはひたすら会議をして、自分の脳内にしかない構成図をパワポに書き出して説明資料を作って、それを説明するための会議をして、メールを書いて。また脳内で必死に構成を考えて。
これはいったい仕事をしていると言えるのかどうか。しかもテレワークのためチームメンバーとは顔を合わさない。なんとなく日々タスク名を書いて、やってます的な雰囲気をだして、たまに説明資料を見せると「ほー」っと関心されるのでサボってるとは思われてないだろうが、本心はどうなのか?
こんなことで給料もらって良いんだろうか、という考えが浮かんでしまう。これは本人が判断することではないので堂々と過ごして給料を貰えば良いんだ、と思う。思え。
作業場の周りにある「ふわふわ」した事象をひたすら言語化し、交通整理、ルール作りしてシンプルに作業ができるようにする。そしてあっちに依頼してこっちに依頼して。
お前はソースコードを書きまくるだけのエンジニアではなかったの?
よく周囲を見回すと皆さん、そういう仕事をやりつつ、コードを書く作業もかなりの量こなしているように感じる。まぁ社歴の違いや慣れなどもあるのかなとは思うが。
振り返ると私もかなりの経験を積んだ社会人だなと、我ながら思う。
なのでその経験、最悪の汚泥の中を這い回ったような経験が「あの中をくぐり抜けてきたんだから間違いなく私は強い」という自信になり、言動につながるさ。

何かを新しく学んでいるかというとあまり学べていない、ように感じる。実際何か活動をしていれば何も吸収しないなんてことは無いだろう。
でももうちょっと集中して作業をして、やり遂げた実感を持ちたいという気がする。
テレワークでだらけているように思うし、毎日仕事時間が終わるともっといろいろできなかったかと焦る気持ちがある。生来の怠け者気質と、人の目さえあれば、期待されれば真面目に努力してしまう気質の戦い。

このところずっと、書いては下書き保存してるので、さっさと出していこう。